Friday, September 23, 2011

わな 2

作曲家穂口雄右氏が1998年発売のCD Candies Historyへ寄稿した「現実となったビジョン」より、わなに関して その2

歌詞のお陰でメロディーはすぐに完成しました。いよいよレコーディングです。ここで問題が発生します。新しいレコーディングセッションのスケジュールが合わないのです。1年間の間にメンバーは超 売れっ子になっていました。しかしなんとか一日だけ、林立夫、松 原正樹、斎藤ノブの3人だけ揃う時間があったので、この3人にさらに若手のベーシストを加えてレコーディングをすることにしたの­です。

ところがレコーディングの当日、さらに問題が発生しました。その日は東京中が大渋滞。しかもスタジオは交通事情のもっとも不便な­アルファースタジオ。ユーミンが誕生した有名なスタジオです。定刻5分前、林立夫は電話で連絡をしてきました。「あと1時間半は­かかりそうだ」。当時のレコーディングは1曲に2時間しか使いません。つまり、林立夫を待っているとレコーディングが出来ません­。 そこで私と松崎は当時としては乱暴な決断をしました。ドラムレスでレコーディングをする。そう、実際にやってみると本当に乱暴で­した。いつもなら3テイクで完成するレコーディングが実に1時間半以上かかったのです。あたりまえです。悪戦苦闘してドラムレス­のテイクはなんとかできました。ところが圧巻はこれからです。なにしろドラムをあとからダビングするのですから! 責任感の強い林立夫は気にしていました。自分のせいでレコーディングの形態がかわったことを。彼はメンバーの全員に謝罪し、大急­ぎでセッティングをすませると、いつものように慎重にヘッドホーンをかぶり、準備ができたことを合図してきました。ドラムレスの­テープが回ります。「わな」は難しい曲です。特にピアノとソリになる6連音符は問題です。ところが驚いたことに彼は、私達の不安­をよそに、1テイクで完璧なプレーをしたのです。もちろん初見です。プロというものは凄いものです。レコーディングは時間内に終­了し、そしてあの緊張感に溢れたサウンドが完成しました。

プロと言えば、この頃のキャンディーズはプロでした。「わな」のボーカルレコーディングで私は、3人の成長を目のあたりにしたの­です。私のアドバイスはもう必要ありません。少しさみしい気持ちにもなりましたが、初心を忘れずにトレーニングをしてくれた3人­に感謝し、また同じミュージシャンとして尊敬を感じました。