わな 2
作曲家穂口雄右氏が1998年発売のCD Candies Historyへ寄稿した「現実となったビジョン」より、わなに関して その2
歌詞のお陰でメロディーはすぐに完成しました。いよいよレコーディングです。ここで問題が発生します。新しいレコーディングセッションのスケジュールが合わないのです。1年間の間にメンバーは超 売れっ子になっていました。しかしなんとか一日だけ、林立夫、松 原正樹、斎藤ノブの3人だけ揃う時間があったので、この3人にさらに若手のベーシストを加えてレコーディングをすることにしたのです。
プロと言えば、この頃のキャンディーズはプロでした。「わな」のボーカルレコーディングで私は、3人の成長を目のあたりにしたのです。私のアドバイスはもう必要ありません。少しさみしい気持ちにもなりましたが、初心を忘れずにトレーニングをしてくれた3人に感謝し、また同じミュージシャンとして尊敬を感じました。
わな
作曲家穂口雄右氏が1998年発売のCD Candies Historyへ寄稿した「現実となったビジョン」より、わなに関して その1
・・・・・「わな」の打ち合わせは印象深い経験です。この時ソニーはキャンディーズの解散に向けて、強力な布陣をひいていたようです。担当プロデューサーは酒井政利氏。待ち合わせ場所はTBSの地下のティールームでした。私は他の多くの作家と同じように、最初の打ち合わせで酒井氏に魅了されました。実に無駄のない、そして意表をついた依頼に、私は創作意欲をかき立てられました。彼はこう言っただけです。「キャンディーズは最近とっても綺麗になりました。キャンディーズがもっと綺麗に見える作品をお願いします」 酒井氏のトークマジックは音楽業界では有名です。しかし、マジックにかかって良い作品ができるなら、マジックを楽しむのも良いでしょう。
作詞家の島武実さんは確か遅れてきました。私達は初対面でした。しかし私は、島氏のあまりに感じのいいキャラクターに触れ、いっぺんにファンになったほどです。彼は、彼独特の誠実さで出来たばかりの歌詞を手渡してくれました。歌詞を見てから30秒後に私は言いました。「曲は出来ました」!そう、ホントにできていました。後は微調整をするだけ。それくらい音楽的な歌詞だったのです。私は歌詞に忠実にメロディーを思い浮かべれば良かったのです。歌詞を手にした時、私はいつもすぐには読みません。ただ眺めるだけです。そしてメロディーが出来るか出来ないかは、眺めただけでわかります。良くできた歌詞は眺めた時にいくつかの言葉が飛び出してきます。そしてリズムを感じます。島武実氏の詞は、20年後の現在でもなお、新鮮に感じるセンスがちりばめられていました。・・・・・
Foto
Libatique 73 Lens, Ina’s 1969 Film, No Flash, Taken with Hipstamatic
Temple block (Taken with instagram)
たんぽぽ (Taken with instagram)
ふと見たら… (Taken with instagram)
ゆ (Taken with instagram)
Taken with instagram
Taken with instagram
Bösendorfer (Taken with instagram)